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アンラッキー・デイズ
『アンラッキーな日々はラッキーな日を創る大きな前ふりである』(J.B.キング)
DATE: 2008/04/01(火)   CATEGORY: 日記
雨、母情。
20080401022836
新宿は雨。
母が金沢から来た。

生け花の先生という肩書きを持つ母は、たまに東京での展覧会みたいなものを手伝いに東京に来るのである。
先週も来ていたのだが、時間が合わず会えなかった。
だから昨日はなんとしてでも会いたかった。

新宿ALTA前ならわかるという事で待ち合わせをしたが、約束の15時を過ぎてもなかなか来ない。
心配になり電話をかけると
「南口に出てしまった」
と言う。
「すぐに行くから」
と伝え、雨の新宿を東から南へ。
傘を持ってくるのを忘れていたため、雨足の中、早足で母のもとへ向かう。

南口の花屋の前で待ち合わせた母を遠くから見つける。

心なしか白髪が増えた。

母は花屋で大好きな花をみていた。

久しぶりの再開だが、久しぶりとは言わない。

母は笑顔だった。

夕方の電車に乗って帰るという事で、ご飯でも食べようかということになる。

新宿ルミネのレストラン街は超混雑。
諦め、少し歩き高島屋に向かう。

高島屋ではちょうど草月流の生け花の展示をしていた。
偶然とは楽しいものだ。
母も草月流だ。
入り口と中央部分に大きな展示があった。
母曰く
「2~30万ぐらいの花が使われている」
そうだ。

高島屋のレストラン街、12~14階も満席。
人が入り口から溢れていた。
新宿の人の多さに腹が立つ。

歩き疲れ、どこに行こうかとふと高島屋14階から、二人で新宿を見下ろす。

新宿は雨。

傘を忘れてきたことが悔やまれる。

二人で東京のど真ん中から東京を見下ろす。

誰がなんと言おうと、二人だけの世界だ。

ふと思う。

兄貴二人は東京で子供もいるが、仕事のため母には会えない。
つまり母は孫に会えないのだ。
東京に来ているのに…。
会いたくて会いたくて仕方がないだろう…。
そんな、孫に会えない母を思うと何故か寂しくなる。何度も東京には来れど、そういう結末が多々あったのだ。
だから、今日は末っ子の自分が母をエスコートするんだ!

結局、外に出て傘を買い、東口近くの『銀座ライオン』に入る。

「なんでも食べたいものを食べなさい」
と母は言う。

母は最近、食が細い。
肉が食べれない母は、最近辛いものもダメだったり、あまりご飯を食べている所を見ない。

オーダーしたのは、ホットティーと杏仁豆腐。
僕はカルボナーラとジンジャーエールを。

その間、何を話しただろう…。

母は5月で金沢でやる映画の話を手帳にメモしてたな。
あとは、正月に会った近所の同級生の話や、先々月みた、2番目の兄貴のライブの話。
どれもこれも、母との貴重な時間を有意義に過ごすため。

母は金沢から持ってきた誰に渡そうとしてたのかわからない"菓子折り"をくれた。
本当は誰かこっちで会う"特別な人"なあげたかったのではないだろうか?
孫にあげたかったのではないだろうか?
息子の嫁にあげたかったのではないだろうか…?

それでも嬉しかった。

カバンにギリギリ入ったその"菓子折り"が僕には嬉しかったのだ。

その後、店を出て、駅の『みどりの窓口』で電車の切符を買う。
「金沢まで」
と母が伝えた切符は、うまく伝わらず、米原経由になり、若干高くなっていた。
それでもその金額を払おうとする母。
すかさず僕は
「越後湯沢経由で」
と訂正した。
言わなければ、高くお金を取られるだけでなく、別経由になって面倒な事になっていたのである。
母は言われたら疑わず、そのまま信じるのだ。
言わばお人好しなのだろう。
僕は
「気づいて良かったね」
と言い、新宿駅の中へ見送った。

「東京駅行きは8番ホームで、中央線っていうオレンジの電車だよ」
そう伝え、母との再開を終えた。

新宿駅の人ごみの中に母が消えていく。

また会えるかな。

そう願った。

ここまで書いてなんだが、僕は母が好きである。

いつまでも長生きしてもらいたい、愛する家族の一人だ。

また近々母に会いに金沢に帰ろう。

そう感じた雨の午後であった。

僕は東京。

母は金沢で今日も生きる。
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